【前回の記事を読む】脳幹と視床下部は《会社》組織における《総務、財務、危機管理部》のような存在で体を維持管理していくためには極めて重要な部門
第1章 痛みのしくみ
大脳〜情動と感覚、そして認知〜
前に「痛みは感覚と情動の不快な体験である」というIASPの定義を詳しく解説しました。この定義が成立した背景として、痛みの情動と感覚を担当する部位が、疼痛科学の研究によりそれぞれ大脳の別の場所に存在していることが明らかになったという点もあるのです。さらに情動と感覚に基づいて痛みを認知する部位もわかってきました。
大脳辺縁系 〜情動処理部門〜
脳幹の細胞核からは大脳の「辺縁系(へんえんけい)1」に信号が送られます。辺縁系は痛みの情動成分(おもに負情動)を担当する《部門》です〔図3〕。つまり、痛みが「どのように」不快に感じるか、を決めています。一般の方には馴染みが薄いこの場所は、大脳の奥深くに存在しています。
辺縁系《部》はほとんどの脊椎動物に存在する“古い脳”です2。
辺縁系はいくつかの細胞核《課》と、進化的に“古い”大脳皮質《部長》から構成されています。側頭葉の前方に位置する神経核である「扁桃体(へんとうたい)(扁桃核ともいいます)」《課》は恐怖や恐れを生み出しています(2)。
扁桃体の後ろにある「海馬(かいば)」《課》は不快情動の記憶を担っています。先に説明した視床内側核《課》、大脳の内側にある「前帯状回(ぜんたいじょうかい)」と呼ばれる古い大脳皮質《部長》が辺縁系《部》に含まれます。
さらに、大脳の外側にあって奥に隠れている「島(とう)」《部長》、前頭前野腹側部《部長》、前頭前野眼窩(がんか)部《部長》などの大脳皮質も情動処理を担っていることから、これらの大脳皮質も辺縁系《部》に含める場合もあります。
島皮質はその前半分が情動を担当しています。TMSという刺激装置を用いてボランティアの島皮質前部を刺激すると、さまざまな不快感が知覚されます。
脳幹のところで説明したように、辺縁系は「快情動」も生み出しています。
前頭葉の内側部に位置する神経核である「側坐核」《課》の神経細胞は脳幹3から送られてきたドーパミンに刺激されて「内因性オピオイド」をつくります。
オピオイドは快感をもたらすとともに、痛みを抑制する機能をもちます。オピオイドの受容体は脳から体組織の感覚神経受容器まで広範に存在しています。オピオイドは全身の感覚神経組織に作用し、痛みの「緊急ブレーキ」としても機能します。
側坐核の他に間脳に存在する「透明中隔(ちゅうかく)」《課》という部分も快感を生み出しています。
一方、辺縁系《部》のさまざまな領域《課》は下行性に、脳幹の中脳にある「中脳水道周辺灰白質(中心灰白質ともいう)《課》へ信号を送っています〔図3〕。中心灰白質は情動の出力を調整する中枢として機能しています。
痛みに関しては、中心灰白質の活動により脳幹(橋(きょう)と延髄)にある細胞核群の活動が高まり、脊髄に向けてアドレナリン、セロトニンなどの神経調整物質が脊髄に放出されて下行性疼痛抑制が働きます〔図2〕。