【前回の記事を読む】脊髄は体組織各部「事業所」を統括する「支社」、脊髄における情報の調整は「支社会議」のようなもの

第1章 痛みのしくみ

脳幹、視床下部、視床内側部〜恒常性維持と危機管理〜

脳幹

情報を受けた脳幹神経細胞核群の神経細胞は三次求心性線維を経て大脳の不快情動処理領域(大脳辺縁系、扁桃体など)に情報を伝えます。その一方で、脳幹神経細胞核群の神経細胞は脊髄に向かって「下行」する信号を脊髄に送り、体組織から上行してくる侵害感覚を強めたり弱めたりする信号も送っています〔図3〕。

このように脳幹の神経細胞は脊髄からの情報を受け取って大脳の情動処理部門を活性化させたり、脊髄での侵害感覚の調整に介入したりしているのです1

脳幹の神経核細胞群から大脳と脊髄に向けて放出される神経伝達物質は特に「神経修飾物質」とも呼ばれています(1)。大脳の情動系に放出される神経修飾物質としては、セロトニン、ノルアドレナリン、アセチルコリン、ドーパミンなどがあります。神経修飾物質はいずれもシナプスに作用して活動電位を調整する作用をもっています。

一方、脳幹に到達した信号は喜び・快感・満足感など「快情動」を生む大脳領域も賦活しています。ドーパミンは大脳辺縁系に存在する側坐核(そくざかく)などを賦活します2。快情動が体組織損傷の際にどのタイミングでどのような役割をしているのか、いまだわからない点が多くあります。

慢性痛の患者さんでは側坐核の萎縮が報告されているので、快感は痛みの抑制をしていると思われます。ちなみに、侵害刺激を快感として感じる人は、もしかするとこのドーパミンがたくさん放出されているのかもしれません。

このような脳幹の機能は会社組織にたとえれば維持管理にたずさわる《総務部》《財務部》、あるいは、緊急時や災害時における《危機管理部》にたとえることができるでしょう。脳幹の神経細胞が放出する神経修飾物質は、活動を高めるべき大脳や脊髄の痛み関連諸部門を賦活または抑制するための《資金》にたとえられるかもしれません。

ところで、頭部と顔面からの感覚3は脊髄ではなくほぼすべて4が脳幹に入力します。つまり頸部以下の体の感覚は脊髄が担当していますが、頭部の感覚は脳幹が直接担当しています。その点から、整形外科の診療対象となっている痛みは「脊髄を経由して伝わってきた警報」という定義をすることもできます。