「百聞は一見に如かず。その首がこれに」

傍らには甕があった。カイが美吉屋の離れから持ち出したあの甕だ。遠山は、甕の中を覗き見たそうだ。蓋を開けるが、頭髪しか見えない。しかも嗅いだことのない悪臭もする。北町奉行は鼻をつまんで訊いた。

「これはいったい?」

「あるこおると申して西洋の薬品でござる。これに漬けて置けば死んだあとも姿形が変わりませぬ」

「はあ、どれくらい保つもので?」

「さて、三月くらいでしょうか」

そんな答えだったと言う。遠山が続ける。

「さらに遺品も持っておりまして、確認したところ確かに大塩の物のようで」

遺品は檄文であった。締めには平八郎の署名があったのだが、それが大坂町奉行の押収したものと一致した……そこまで聞いてようやく、忠邦が腕組みをする。三年前ではなく、つい最近だと? ならば二年前に礫刑に処したあの首は、風聞にあるように別人のもので本人は生存していた、と?

「さりとて、そこもとも首実検はしておらぬのだな?」

「たとえその首を見たとしても、それがしには判別つきかねまする。大塩なる者の顔も姿も見たことはござりませぬゆえ」

忠邦はさらに思案する。

「その者の身元は確かなのか?」

「これがまた田沼意留殿の客分とかで、それがしも田沼殿の意を受けて、着任早々北町を動かした次第です。さて、如何致しましょう」

田沼意留。確か、あのとき大御所様の側に控えていた腰巾着。

「このことは?」

「先月の月番であらせらる間部殿に、ご報告申し上げました」

眉の端がピクリと動く。間部もまずい。大御所様の側近だ。嫌な予感がする。

次回更新は8月9日(土)、11時の予定です。

 

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