「おじさん、それはねえよ。オイラがあの仕事を終えたとき、田沼家にそんな人間が関わってちゃなんねえだろ」

そう言って断り、オイラも田沼意義の後を追うんだからさ、と続けた。

大塩の乱から三年経った天保一一年(1840年)。非番明けの水野忠邦が江戸城本丸の老中部屋に入室すると、北町奉行に就任したばかりの遠山景元が待っていた。後世に残る「遠山の金さん」である。

「ご老中。お聞き及びでありましょうか?」

挨拶もそこそこに声を低めた。

「ご非番の折、少し厄介なことが起きました」

老中職は四、五人が持ち回りでこの老中部屋に詰めて執務を行う。先月は西の丸老中のが当番で、忠邦は登城せず所領である遠江国浜松藩の藩邸で過ごした。

「先月になって大塩の首を獲った、と申す者が現れました」

忠邦はただ眉を顰め、鼻で笑った。

「大塩の首だと? もう幾年も経っておるのだぞ。眉唾であろう」

「それが……その者が申すには、大塩はつい最近まで江戸に潜伏していて、幕府転覆を画策していた。その者は偶然その報を聞き、留守の間に押し入れに潜んでいたようで、そして大塩が帰宅したところを背後から斬りつけて仕留めた、と」

「貴殿がその件を?」

遠山が頷く。旅籠でその男にも会ったのだと言う。

――男は小柄な侍だった。