【前回の記事を読む】ペインマトリックス(痛み関連領域)は痛みに関連して活動する脳の領域。神経活動の結果として知覚され、意識される

序章

基礎医学と臨床医学

研究者というと、実験室で試験管をにらんでいる人をイメージすることが多いと思いますが、医学の研究には基礎研究と臨床研究とがあります。基礎研究は医者でなくてもできますが、臨床研究は患者さんを対象とする研究であり臨床医にしかできません1

基礎医学の分野では、研究成果は英語で発表します。最近では臨床医学論文も英語で発表することが当たり前となりました。そんななか、私はこの10年間の臨床研究の成果はおもに日本語で発表してきましたが、そのことが幸いして(?)広く一般の読者の皆さんにも私の論文をお読みいただけるのはうれしい点でもあります。

基礎医学は「病気の解明」と「新しい治療(おもに薬)の開発」を目的とする、どちらかというと化学や生物学に近い分野です。基礎医学の研究者は大学医学部、大学病院、医学研究所などにいて、「試験管を眺め、顕微鏡をのぞいている人たち」です。ノーベル医学賞の受賞者の多くは、この基礎研究者です。

基礎医学は臨床医学に比べると、論理と科学性においてまさっています。基礎医学者は物理学者、化学者と同じく「科学者」です。

しかし、科学者は研究者であっても医者ではありません。山中伸弥先生(元整形外科医!)はノーベル賞授賞後に「iPS細胞はできたが、まだひとりの患者も治療できていない」とおっしゃっていました。この言葉は山中先生一流の謙虚さによるものだとは思いますが、かつて臨床医でもあった先生が率直に気持ちを述べたものとも感じます。

たとえば骨折は、ボルトで固定すれば患者さんのケガが治ります。骨折の手術は「科学研究の成果」ではありませんが、確実にひとりの人間が手術で救われます。この真実を、山中先生は言われたのだと思います。