【前回の記事を読む】ノーベル医学賞受賞者の多くは基礎研究者。基礎医学は「病気の解明」と「新しい治療(おもに薬)の開発」を目的とする

序章

基礎医学と臨床医学

文学の世界では「虚構だけからなるSF歴史小説」も許されますが、臨床医学でウソは許されません。いわゆる〝疑似科学〟の医療が非倫理的とされる理由もここにあります。

すぐれた歴史小説は科学的事実と小説家の豊かな想像力により物語が成立しており、このことを司馬遼太郎さんは「膨大な文献を読了した後に抽出されるエキスの一滴一滴から小説が生まれる」と述べています。

私はすぐれた臨床医もまた、そのような存在だと考えています。最新の多くの研究に目を通し、そのうえで患者さんにわかりやすく説明できる人。それこそが「科学的な名医」であり、願わくは私もそのような存在になりたいと思っています。

私はこれまで、さまざまな「医者の仕事」を体験してきました。病院の勤務医に始まって、動物実験、大学病院での手術、障がい児療育、障がい者福祉、1年間だけですが在宅医療とターミナルケアの体験もしました。そして50歳を過ぎてから、今の職場で本格的な痛みの臨床を始めました。

こうした研究と臨床の両方を渡り歩いた「ちょっと変わった」キャリアから、一般の方々に「科学が解明した痛みのしくみと実際の痛みの関係」について語ることが許される人間だと勝手に自負しています。「物語」をなめらかにつなげるためには、「科学の真実」という断片を「飛躍のない範囲での推定」でつなげなければなりません。

本書では、私の推定や仮説の部分は「〜と思います」と書いて、読者の方に注意を促しています。理解のための「たとえ話」も科学性・厳密性を損なう欠点がありますが、わかりやすさのためにあえて多用しました。