一方、臨床医学は「伝統と経験」にも基づく治療の体系です。この分野では、経験的な積み重ねから「信頼できる診断と治療」が淘汰され確立されてきました。基礎研究によって「科学的に発見され、確立された治療」というのは、実は一部にすぎません。

痛みの治療で用いられる薬物も、多くはなぜ効くのか不明なままに歴史的に使われてきたものであり、その後に基礎研究によってなぜ効くのかが解明されてきました。臨床医学は患者さんが対象ですから、元々は医者だけが研究者でしたが、最近の臨床研究は高度な統計学的処理が必要なことから統計学者も参加しています。

では、臨床医のなかに「研究者」はどれくらいいるでしょうか? 私の推定では、日本の整形外科医のうち研究活動をしている人は1割未満だと思います。多くの臨床医の先生方は最良の医療を目指して日々勉強にいそしんでいますが2、自ら研究活動をしている人は少ないでしょう。

臨床医は研究をしたくても、忙しくてなかなか時間がとれません。治療の最前線に立つ臨床医にとって、基礎医学からのニュースは「よくわからないけれど気になる」ことだというのが正直なところだと思います。最近はインターネットで患者さんも最新の医学情報を簡単に入手できるので、うかうかしていると患者さんの質問にしどろもどろになってしまうこともあります。

しかし、臨床医は単なる治療者ではありません。薬を飲めばすぐに治る病気はごくわずかであり、それ以上に重要な臨床医の役割は「病気の語り部」であることです。臨床医は、本当はわからないことであっても「わかったこととして」、難しい話でも「やさしい話として」、患者さんに説明しなければなりません。