【前回記事を読む】罪状は「米を買ったこと」。“品切れ”の米市場、米の買取禁止令、溢れる餓死者…もはや限界や。この事態に大塩平八郎は…

鼠たちのカクメイ

格之助は憐れな京女の公事の一件のほかに、堀某の予定も伝えていた。新任の西町奉行が東町の跡部に挨拶に来て、その後洗心洞の北隣にある浅岡という与力宅に立ち寄るというのだ。浅岡助之丞は意義が兵庫津で見た東町の組与力で、跡部が主導した江戸への廻し米の実行者である。

とばっちりを受ける堀某にはすまないが、悪玉ふたりを襲撃する千載一遇のチャンスを逃すいわれもない。平八郎は、脇差を抜いてその刃を見つめた。微かに揺らめくろうそくの炎が映っている。

「格之助。意義。かねてからの計画を実行に移すとしよう」

ふたりは同時に「は」と答えた。白昼色の揺らめきが平八郎の眼に変わった。

(今回は力押しだけではあかんな。大義も要るやろうな)

力は蓄えた。だが大義はあるか? 事を起こせば、あとからついてくるだろうか? 陽明学の権威と呼ばれた平八郎でも、神ならぬ身では知る由もなかった。 

    

天保八年(1837年)二月に入ってから、大塩平八郎は朝礼のたびに洗心洞の講堂で門下生たちに檄を飛ばした。

「ええか。いつも言うてる通り、侍の仕事は民を守ることや。今動かなんだら、わしらの存在意義は無きに等しいのや……」

役人と豪商らに対して天誅を加えるべし、と自らの門下生に参加を呼びかけたのだ。

「もはや一刻を争う。わしらの決起が遅れたらそれだけ餓死者を増やすことになる」