平八郎に心酔する塾生たちは、この檄に目を輝かせた。そしてその内容は版木によって大量に印刷され、大坂近郊の農村などに施行札とともに配られた。施行札とは現代で言うクーポン券である。この札を持って来れば平八郎が一朱銀と交換する。いわば決起への参加料ということか。しかし、農民からはこんな不満も上がった。
「お侍様。ありがたい施しなんやが、今欲しいんは金や紙切れちゃいまんね。今日の腹を満たす米や。米がほしいんですわ」
金があっても米が手に入らない現実は、塾生たちも百も承知だ。
「確かに札や金ではすぐには米は買えんかもしれん。よいか。いずれ大坂天満で火の手が上がる。それが決起の合図だ。家族のために米を取りに参れ。それまではヒエや粟で凌いでくれ」
施行札を受け取れば、厄介事に巻き込まれるかもしれない。それを嫌って無視する者も少なくなかった。さりとてお上が何かをしてくれるわけではない。この時点では農民たちの心は大きく揺れていた。
決行は、新任の西町奉行・堀利堅が東町奉行の跡部に挨拶に来る二月十九日(西暦三月二十五)夕方と決まった。
大塩邸の作業場では、塾生たちが火薬を丸い器に流し込んでいる。炮烙玉と呼ばれる爆弾である。また樽にも火薬が詰められ車に積み込まれていく。跡部と堀が浅岡の屋敷に立ち寄った際、大塩一党は大筒を使って家屋に焙烙を撃ち込み火薬樽で跡部らを爆死させる計画だった。
だがその前々夜、洗心洞の寄宿舎から三人が脱走した。そのうちひとりは実家に、ふたりは跡部の屋敷へと向かった。ふたりとは、いつぞやの講義中平八郎に罵倒された吉見と河合だった。寄宿舎をこっそり抜け出したふたりは夜の道を一目散に駆けた後、曲がり角で一息ついた。吉見が懐から檄文を出して河合に言う。
「俺は、これを動かぬ証拠として奉行所に届ける。お主はどうする?」
「拙者も参ります」
家格が吉見家より下位にある河合家の息子は、簡単に同調した。
「奉行所の者が叛乱を起こすなど、後にも先にも聞いたことがないわ。大塩平八郎、乱心の極み」