【前回記事を読む】世間が飢餓に苦しむなか、貨物船に積み込まれる大量の米俵を目撃する。これが侍の世界...
鼠たちのカクメイ
承
暮れも押し迫った頃。古書店の主人が先日売却した五万部もの書籍を清算し、なんとか660両の現金が手に入った。平八郎はこの金を格之助に渡し、鴻池屋に米を買いに行かせた。どうも善右衛門は自分に対して含むところがあるように思えたからだ。
格之助が鴻池両替商店に入ったのは初めてだった。武士が両替に入ることは無心を意味するが、大名相手の貸金を手がける鴻池屋は格之助のような中級武士など相手にはしない。さすがに敷居が高い。しかし大塩の養子が来たとあってか、大旦那の善右衛門自らが店頭に現れた。
「たしかに660両ございます。与力様」
「うむ。鴻池屋、お主の所では米も扱っておったよな。今の相場を教えてくれ」
「米? やはりこれは米の購入代でっか。せやけど……」
「うん?」
「ちょっと遅うおました。この大飢饉で堂島の米市場はもはや品切れ。手前どもも仕入れがままならん状況ですねや」
格之助は愕然とした。せっかく父上が家宝とも言える書籍を一切売却して得た金が、役に立たないと言うのか?善右衛門に申し訳なさそうに見送られ、市中に出たとき格之助はさらに失望させられる。こんな高札が立てられていたのだ。
『告 大坂領外の者の堂島での米の買取を禁ず…』
買い取り禁止令だった。
(聞いてへんで)
格之助はこのところ東町奉行で村八分にされている。平八郎が跡部を怒らせたことが原因だった。そのこと自体は気にしないよう努めていたが、ここまで聾桟敷に置かれるとは思っていなかった。米屋の玄関にも『売り切れ御免』の紙が貼られている。
立ち尽くす格之助のうしろから、背中に赤子を背負った町人の女が声をかけてきた。