【前回の記事を読む】「あっ」舟が揺れ堀へ落ちた……人柱の女性を祀る法要の最中、偶然では済まされない出来事が
第一章 プロローグ
雄之助は何も重みを感じず、静寂な水の中に留まっているのが分かる。しかし、意識は徐々に現実から遠ざかっていった。ふと気がつくと(この表現が正しいかは疑わしいが)大手門番所横の鏡(かがみ)積(づ)み大石の前に立っていた。
(私は夢を見ているのか)
辺りは霧が掛かったように薄暗いが、一箇所だけ明かりが当たって大石だけが浮かび上がっている。すると、どうも、その大石の方から声が聞こえる。耳を澄ましてみる。
「鏡石(かがみいし)である」
威厳のある声音(こわね)である。えっ、石が話すのか……。雄之助が息を呑み訝(いぶか)しげに鏡石を見つめると、それを見透かしたかのように鏡石が厳かな低い声で、
「驚きも宜(むべ)なるかな。声を掛けるは其方(そち)が初めてのこと……」
と、続けた。はあ、と応じたものの雄之助は次の言葉が出ず、呆気に取られて現状把握も追いつかない。そんな雄之助に構いもせず鏡石(かがみいし)が、
「ここに収まって二百有余年。この地を見続ける我が思いが言葉となって其方の耳に届く」
と、鏡石は昔日(せきじつ)を思い返すかのように感慨深げである。雄之助は直感的に、
「貴殿は、おみわ殿ではござらぬか」
と、やや興奮気味に問い掛けたが、鏡石はそれを即座に厳然と否定した。しかしその上で、
「否ではあるが、それを知る者である」
と、付け加えた。
「えっ、おみわ殿の真実(まこと)を……」
と、雄之助が口を開けたまま鏡石を凝視すると、鏡石は少し間(ま)を置いて、
「聞きたいか」
と、問うてきた。
「是非にも……」
と、雄之助は身を乗り出した。
雄之助は、己(おのれ)がもう死んでいるのか……。否、生きているのか……。夢なのか、現(うつつ)なのか……。などと実態把握に思考を傾注するのを止(や)めた。意識は明瞭であれこれと思いを巡らす己を認識でき、目の前の事態は現実のように見える……。
もう致し方ないので、不可思議ではあるがこの段に至り腹を括(くく)って自分に語り掛けるこの鏡石を受け容れ、抗(あらが)うことなくこの名状(めいじょう)しがたい奇態(きたい)の中に身を任せようと決めた。
「大友宗麟公の時代に遡(さかのぼ)る」
鏡石は語り始めた。