【前回の記事を読む】城を完成させるため――18歳の貧しい少女は弁才天の像を抱いて自らその身を水の中へ沈めた

第一章 プロローグ

住持はやや口角を上げ、

「事態が好転したと伝わります」

ほう、と、雄之助は弁才天に目をやって、

「効果があったと……」

そうなりますかな、と、住持は顎(あご)を引きながら、

「それ以来、おみわ様はこちらのお城の守り神となられました」

「それで毎年このお勤めが……」

「はい。松平様の祈祷所である弊寺がその命日に祠(ほこら)の前で施餓鬼(せがき)法要(ほうよう)を、また、当院内にて追善供養(ついぜんくよう)を承っております」

「何百年も……」

「はい。途絶えることなく……」

半時(約一時間)ほど経っただろうか、話を終えた住持が茶の代わりを勧めるのを雄之助は丁重に断り、本堂に入って初めて見た時とは別の思いを込めて、弁才天に手を合わせた後本堂を出た。玄関で草履に足の指を挟みながら、後ろに畏まる住持に、

「おみわ殿は、何を思いながら水に入られたのでござろうの……」

と、呟くように言った。

住持はしんみりと、

「残される家族の幸せでございましょうかねえ……」

「然(さ)もありなん」

雄之助は深く頷いた。

その顔を見て、住持が思い出したように、

「そうそう。明日の法要を朝四ツ(午前十時半頃)に始めさせて頂きますので、五ツ半(午前九時半頃)に御台所に伺い、ご用意頂いたものをお受け取りいたします」

「法要、お立ち会いになられますか」

「そのつもりでおります」

「それでは、また明日……」

住持は深く頭を垂れた。雄之助は住持の方へ振り返ると威儀を正して丁寧に会釈をし、突然の訪問の無礼を謝した後、住持に見送られながら玄関で控えていた治助を伴って門を出た。漁師の如きどこかの中間の姿はもうなく、引き始めた汐に鯔(ぼら)がザバッと跳ね、波紋がゆったりと広がっていった。

帰宅すると、若奥が柔らかな所作で刀を袱紗(ふくさ)で受け取った。玄関を上がって、既に居間で寛いでいる養父に挨拶をして若夫婦の部屋に向かうと、その後を若奥が刀を抱きながらついてくる。部屋で若奥の介助で着替えを済ませた。