妻の美代は雄之助にぞっこんである。雄之助が初めて屋敷へ挨拶に訪れたとき、その端正な面立ちに心を奪われ、その優しい心遣いに強い好感を抱いた。

夕餉(ゆうげ)の支度が調ったとの美代の声に導かれて食座敷へ入り、自らの席に着いて当主を待った。若様である雄之助の席は中央に座る当主の左斜め前である。家族が揃い当主の入室を待って夕餉が始まる。皆、終始無言である。食事も終盤の頃養父が、ぼそっと、

「今日、福壽院へまいったそうだな」

と、聞いてきたので雄之助は箸を置いて、

「さようでございます」

と、答えた。

「明日の祭礼にも立ち会いたいと願い出たそうだな」

美代が興味深そうに二人の話に耳を傾けている。婿の働きぶりが何かと気になる養父は、用人役との立ち話で雄之助の興味の内容とその行動を把握していた。養父は下女に命じて隣室に酒肴(しゅこう)の用意をさせた。

「久しぶりに一献(いっこん)やるかな。今日の話も聞きたいことだし……」

酒盛りが始まると、まだ酒の経験の浅い雄之助は直ぐに目の周りが赤くなった。それを見た養父は目を細めながら、

「住持は相変わらず口が達者か」

と、聞いてきた。

「はい。そのようで。お父上もよくご存じで……」

と、雄之助が酒を勧めながら尋ねた。

「わしも若い時分、話を聞いたことがある」

ほう、と、雄之助は赤い顔で応じた。

「誰しも気になる話だ」

と、養父は蕗(ふき)の佃煮に箸を伸ばした。

「実はな……」

と、養父は雄之助の反応を楽しむかのように、

「異説もあるのだ」

と、雄之助の顔を覗き込むようにして言った。

えっ、と雄之助は意外な展開に戸惑った。養父の顔は酒のせいか、目が優しく悪戯(いたずら)っぽい。養父は酒を一口啜(すす)ると語り出した。

工事が遅滞した……。までは変わりはない。違うのは、人柱に立った女子(おなご)である。普請奉行は窮地に立たされた。進まぬ工事、湧き出す水、見つからぬ打開策、重臣らの冷たい目……。それらに追い詰められた普請奉行はいたたまれず思い悩んだ末、責任を取って自刃してしまう。

そんな折に持ち上がった人柱の話に応じたのが、普請奉行の娘宮(みや)だった。宮は父の無念を晴らすべく、毅然として水に入った。

「と、いう異説だ」

養父は、酒の代えを下女に命じた。

「どっちが本当だと思う」

と、養父が問うてきた。

「いやー、それがしには判断できませぬ……」

 

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