お白州で公事(裁判)の仕事が待っていた。とはいえ、このところの格之助は重要な公事方から外されており、おそらくは市井の揉め事と思われる。
「あいわかった」
格之助は、他の与力たちと公事場に座った。
「次なる者、引ったてい」
進行役の与力が吠える。白洲に放り出される捕縛された女を見て、格之助は驚いた。昨年末に京から米を買いに来た女だったからだ。格之助の思いをよそに、与力が淡々と訴状を読み上げていく。
「これより吟味致す。被疑人、丹波国糸屋半兵衛が妾おせん。この者、一時禁制の米五升を大坂天満高田米店にて買い取りしもの……」
聞きながら、格之助の胸はざわついた。
(たかが五升の米を、それも金を払って買っただけで? 弱気をくじき、強きにおもねる……もはや限界や)
理不尽な訴えを聞きながら、格之助は掌に爪が刺さるほど拳を握り込んだ。
その晩美吉屋五兵衛の屋敷の離れで、平八郎と格之助、そして田沼意義の三名が額を突き合わせた。
「私の堪忍袋は、もう緒っぽが切れかけとりますわ」
憤然とする格之助を前に、しかし平八郎は腕を組んだまま動かない。
「そればかりやおまへん。京は餓死者で溢れて、流民たちが大坂に流れ込んで来ております。このままでは治安の悪化は避けられへん思います」
平八郎が見ると、意義もまた黙り込んでいる。建議書の件は首尾よくいったようだが、洗心洞に戻ってからの意義はどこか変わっていた。少しザラザラしたものを心中に抱えている気がする。
(そろそろ、具体的に準備を進めるか)
次回更新は3月22日(土)、11時の予定です。
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