よくは判らないが、悦子の身体はニ軸のタイヤの間に挟まっていた。頭部がそこから出ていて、解けたピンクのリボンが風にひらひらと揺れていた。靴の片方が車体の向こうの白線の所に転がり、ぽかんと口を開けた彼女の視線は空に向けられていた。
はっきりと見た訳ではなかったが、その身体は不自然に平らだった。白っぽい肌色の何かがちらちら見え、その先はもの凄い血溜まりだった。
「悦っちゃん、悦っちゃぁん」
和美は思わず金切り声を上げた。すると彼女がゆっくりと首を巡らした。顔は吃驚する程蒼白だった。その瞬間何かがスーッと引いていった。もう駄目だと思った。既に死人の顔色だった。
「そんな目で‥‥見ないで、助け‥‥て」
多分そう呟いたのだろう、口の動きでそれが判った。彼女の口元からつーっと一筋の血が流れた。
気がつくとその顔は土気色に変わっていた。ハッとした瞬間もう彼女の目は光を失っていた。その光沢を失った目が凝然とこちらを見ていた。まるで何もかも全て見透かしているような目だった。
和美はぱくぱくと口を開けて何かを言ったような気がする。それは悲鳴だったのだろうか。だが耳がキーンと圧迫され、急に辺りが暗くなってきた。さらに何か言おうとしたのだが、あとは何も判らなくなった。
それはちょうど三年前の出来事なのだという。和美は中学一年生だった。光を失ったのは心因的なショックのためだった。
「時々らしいのだけれど、月の明るい晩に‥‥神社で曲を吹いていて、群青色の闇の向こうにお月様や‥‥輝く波が見えることがあるらしいの、はっきりとは言わないけれど」
洋子は苦し気に眉を顰めたのだ。
「ねえ、お願い、あの子に言って上げて。もう自分を許してもいい頃だって‥‥お願い」
閉ざされた世界から広い世界へ、本当は和美もそれを望んでいるのだと思う。もう一度この世界を見てみたい、あの子はそれを望んでいるはずだ。まるで自ら望んだかのように闇の世界へ入ったのは、友達を救えなかった、あるいは見捨てたことを悔やんでいるからに相違ない。
瀕死の身の悦子に、助けてと訴える友達に和美は無言で死の宣告をしたのだ。もう駄目だと、助からないと。光を失ったのは自らに課した罰だったのだろう。あの子は生命を失ったのだ、自分も相応の何かを失わなければならないと。
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次回更新は2月21日(金)、11時の予定です。
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