其の参
[三]
姉の洋子は一晩考えて、場合によってはあの男を退治しようと決意した。手品師か何なのかは知らないが、剣道二段の腕前で撃退してくれると竹刀を片手に息巻いた。ただし一方的に殴りかかるのでは酷過ぎるので、何故妹に近づいたのか、これから何をしようとしているのかを問い質してからのつもりでいた。
とはいうものの、神社の小径を一人で歩いていると流石に心細くなってきた。いくら竹刀を得物にしているとはいえ、相手は一人前の男性なのである。女の細腕で組み伏せられる自信などなかった。ただ何としてでも妹は守らなくてはならない、その一心で松林の中を進んでいた。
神社の前にも小屋の所にも相手の姿はなかった。辺りをそろそろと窺いながら、彼女は何だか苛立ってきた。あの子を怖がらせないようあの男の正体は明かさなかった。それでも気をつけるようにと釘だけは刺して置いたのだ。
「本当に‥‥人の気も知らないで、何よ」
思わずそんなことばが口をついて出た。
やはり骸骨はどこにもいなかつた。一体どこへ行ったのだろう、もうここを立ち去ったのだろうか、そう思いながら小径の奥へ目を向けた時だった。
藪の中に屈みこむ赤のアポロキャップが目についた。何をしているのだろうと様子を窺っていると、ゴスゴスと土を削る音が聞こえてきた。雨がその背を叩いていたが、まるでそれに気がつかないかのように手を動かしていた。
彼女はハッとした。辺りを見るまでもなかった。荒れていた小径がいつの間にか丁寧に整地されていた。働く姿を見ればその人となりがよく判る、それが父源造の持論だった。
人見知りの激しいあの子の笑顔、一心不乱に働く姿、半身白骨を晒していた姿、間抜けな探偵、それらが渾然となって脳裡に去来した。何だか本当に訳が解らなかった。
ただ今この瞬間の彼女の身の振り方一つで大事なことが決定づけられるのだということだけは判った。
恐る怖る彼女は歩を進めた。そして暫く躊躇していたが、やがてそっと相手に傘を差しかけた。
「あなたは誰、どうしてここにいるの、あの子をどうするつもり?」
思わず口走ったことばだった。一方骸骨は不意に声をかけられてぽかんとしていた。
「ねぇ、あなたは人間なの? それとも‥‥」
「私ハ骸骨‥‥人体標本デス、人間デハアリマセン。デモ化ケ物デモアリマセン」
人間ではないというそのことばに彼女の表情が強張った。やはりそうだったのだ。あの姿は見間違いではなかった。
「ああ‥‥」
というような声を上げて、洋子はその場にへなへなと屈みこんでしまった。