其の参

[二]

男の車は柏崎の方へ向かっていた。彼女はハンドルに齧りつくようにして後を尾行した。車を走らせているうちに少しずつ頭が冴えてきた。初めは目の前の男が変質者で、目の不自由な妹に狙いをつけたのではないかと疑った。

妹は姉の自分が言うのも憚られたが、可愛らしい顔をしていた。だからそれは一見もっともなことに思われた。だがそれも変だった。妹が寄宿している養護学校から帰ってきたのは、つい二日前のことなのだ。

それに妹に狙いをつけた男が別の男といるところをカメラに収めるだろうか。そう思って今度はあの骸骨のことを仔細に思い出そうとするのだが、赤い帽子とサングラス以外には何も浮かばない。

彼女は骸骨のことを半ば手品師か何かなのだろうと思っていた。あれは、あの白骨姿は新手のトリックか何かの練習中だったのに相違ない。

でも、あばら骨の向こうに透けていた藪はどう説明すればいいのだろう。そうなのだ。夢だったのだと思おうとすると事実にしか思えなかったし、逆に事実に相違ないと考えようとするとまるで夢としか思えなかった。何だか本当に訳が判らなくなりそうだった。

彼女はぶるぶると頭を振った。今時化け物だの幽霊だのが存在するはずがないのだ。第一今まで平凡だった毎日に突如として怪異が現れるとは思えない。

ふと女の勘が働いた。ビデオの男が狙っているのはあの骸骨の方なのだ。そう考えて一瞬ほっとしたのだが、次いで別のことが思い浮かんだ。やはりあれは人間ではないのか知らん。だからこんな所へ逃げこんで来たのではなかろうか。

「きゃっ」

彼女は周章ててブレーキを踏んだ。目の前の信号が赤で、危うく前の車に追突するところだった。彼女は胸を撫で下ろすと、ほっと一息ついた。

やがて男の車は街外れの雑居ビルに停まった。男は駐車上に車を入れると、口笛を吹きながらビルの中へ消えていった。男の正体はすぐに割れた。車の前に、『田中探偵事務所』と記した立て札があったのである。