彼女は呆れてしまった。誰に何を依頼されたのかは知らないが、素人に尾行されるようではヘマな探偵に相違ない。彼女はくすくすと笑い出してしまった。だが笑っている場合でもなかった。探偵に探られているような男が妹の側にいるのだ。
もしかすると有名な手品師なのかも知れないし、あるいは本物の化け物なのかも知れないが、いずれにしろ大問題に相違なかったのである。
[三]
八月に入って雨の日が続いた。まるで梅雨に逆戻りしたみたいにしとしとと雨が降っていた。骸骨は崖の小径をシャベルで均していた。
尖った岩角はハンマーで叩いて割り、入り組んだ松の根元は土で埋めて固めていた。一心不乱に働いているのが心地よかった。誰かのために、世の中のために一所懸命に働く。それが人としての勤めだと思っていた。
濡れた土でジーンズや軍手、アポロキャップが泥だらけになったが、そんなことは少しも気にならなかった。凸凹が少しでも減れば目の悪いあの子が躓かないで済む。そう思うと少しも苦ではなかった。
生憎の雨模様だったけれど、今日は一日道の補修に奮闘しようと考えていたのである。無心に働いていると自ずとある想念が浮かんできた。何故生まれてきたのか、何のために生きているのか、それは人と接するために相違ない。
社会に出るとは何よりも人の中へ出ることに相違なかった。そして人の中にいるということは、人のために働く以外の何ものでもない。
そうだ、誰かのためにこそ人は生きている。奇異なこの姿を気にして、人目につくのを気にして、目立たぬように人から離れて暮らす。夜になるのを待ってこっそり外に出る。
それでは今までと何も変わらない。社会へ出てきた意味がない。それでは生きているとはいえないのだ。
この日和美は母親の運転する車で新潟の大学病院へ目の検査に行っていた。何のための検査なのか具体的なことは聞いていなかった。
ただ朝から出かけて夜まで戻ってこないということだった。だから今日は会えないと。それで寂しさを紛らわすためにもせっせと働いていたのである。
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次回更新は2月7日(金)、11時の予定です。
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