眠れる森の復讐鬼
患者は苦しそうに目を閉じているのでそれに気づいていない。一番目の頭部外傷患者が中村大聖(たいせい)、二番目の心タンポナーデの患者が石川嵐士(あらし)、偶然にも二人とも蒼が卒業した高校の同級生、しかも二年の時同じクラスの連中だった。
ここまで来れば三人目が誰なのかは言われなくても予想がついていた。この三人はいつも胸糞悪い烏のようにつるんでいたのである。その当時から彼らには悪い噂が絶えなかった。確かその頃も石川が無免許運転で警察に捕まったことがあるはずだ。
勿論、蒼がこんな低俗な連中と親しくしていたわけがない。そもそもこんな卑陋な連中と同級生だったなんて間違っても他人に知られたくない。彼が「猿でも通る」と酷評される市立水山高校に通ったのも、目指していた横浜の私立高校受験に失敗したからである。せめて滑り止めを用意しておくべきだったと彼は未だに後悔している。
そんなこともあり彼は高校在学中、敢えて誰とも親しくしないように努めていた。勿論、その頃から素行が悪かったこの連中とはできるだけ顔も合わせないように日頃から気を付けていた。そんなある日、この三番目の患者、高橋漣(れん)が突然蒼に話しかけてきたのである。
「なあお前、今城病院の息子なんだろ。お前何でこんなバカ高校にいんの?」
「別にいいだろ」
「可哀そうにお前も俺達と同じ落ちこぼれかあ。こんな高校からは医学部なんて無理だしな。卒業したら病院の便所掃除でもさせてもらえばあ」
そう言って蒼のことを馬鹿にしたのである。
それからというものこの三人組はよく彼を指差して笑い者にするようになった。勿論、彼はそんな謗言を相手にするほど愚直ではない。黙って相手にしなければ奴らがそれ以上手出しできないのを彼はよく知っていた。
今城病院はこの田舎町では唯一の中核的医療拠点である。そこを敵に回せば自分達にどういう不利益があるか、こんな馬鹿共でも直感的に理解しているのである。
この三人はいつも自分達より弱い人間を探し出し、いじめの対象にすることで悪名高かったが、蒼はからかわれることはあってもそれ以上の仕打ちを受けることは実際なかった。それでも彼はこの三人を反吐が出るほど嫌悪していた。大人になって少しは真面目にやっているのかと思っていたが、相変わらずこんな馬鹿をやっていたのだ。
自業自得とはこのことだ、いい気味だと彼は心の内で嗤っていた。
「手足を動かせますかあ?」
少し小馬鹿にしたような感じで蒼が訊いた。
「動かない・・・・・・」
医師が同級生であることに気付いたのか気付かないのか両瞼にうっすら涙を浮かべながら情けない顔で高橋が答えた。
「触った感じが分かりますかあ?」
高橋の四肢を触りながら、同じような馬鹿にした調子で蒼が訊く。
「分からない・・・・・・」
可哀そうに高橋は堪え切れなくなって、悔しさに顔面を歪めて大粒の涙を流した。だが、蒼はいたって上機嫌な様子である。
「これは脊損ですねえ。歩けるようになるのは難しいでしょうねえ」
遂に高橋は声を上げて咽び泣き始めた。
それでも蒼は背筋が寒くなるような作り笑顔を浮かべていた。
「とりあえず整形外科の先生に診てもらいましょうね」