小屋の戸が風でカタカタ鳴っていた。蝉の声に交じって林を渡る風の音がした。六畳程の小屋の中はがらんとしていた。その中程を占めた板敷に腰かけて、骸骨は昨日のことを考えていた。
あれは不味かった。どうして姉の洋子は来たのだろう。どうして正直に人間ではないことを話してしまったのだろう。嫌な胸騒ぎがした。折角和美と仲良くなったのに、この分ではまたここも出て行かなければならなくなりそうだ。
こうして結局はどこにも永居は出来ないのだろうか。いつもこそこそしていなければならないのだろうか。これが生きているということなのだろうか。骸骨は自分を逃亡者みたいだと思っていた。
誰と友達になっても、いずれ別れなければならないのだとしたら、出会いとは一体何なのだろう。
どんなに楽しい一時があったとしても、いずれそれをもの哀しく思い出さなければならないのだとしたら、何のために出会いがあるというのだろう。骸骨は何かを待ち受けるような心構えで正面の板戸を見つめていた。
いや、そうではなかった。いずれはここを去らなければならないとしても、もう少し時間が欲しかった。せめてあの子のことを何とかしてからのことにしたかった。だが自分に何が出来るというのだろう。ほんの少しでもいい、何か手助けになれることがないのだろうか。様々なことが頭を去来して眩暈がしそうだった。
何故洋子があんなことを言い出したのかは知らない。自分にそんな力があるとは思えない。ただあの時、昨日道直しをしていた時、骸骨を誰何してへなへなと屈みこんだ後、不意にこの手を取って縋りつくような眼差しで囁いたのだ。
「ねぇお願い、あの子を助けて上げて。あの子の心を解き放って上げて‥‥もう十分苦しんだはずよ」
「ハ、アノ‥‥何ノコトデスカ?」
「あの子が光を失ったのは自分のせいなの。自分を罰するために、決して赦さないために、自ら望んでそうなったの」
骸骨はきょとんとした。それがどういう意味なのか判らなかったし、何のためにそんなことを言うのかも解らなかった。
「あなたならきっと出来るはずよ。そうよね、きっとそうだわ。そのために来て下さったんでしょ」
何を言い出すのだろう、ここへ来たのは偶然であって何か目的を持っていた訳ではなかった。それに彼女がそんなことを言うために来たのではないことは明らかだった。手に持った竹刀がそれを示していた。どうして急に気が変わったのだろう。
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