其の参
[三]
一方では何でもいいから縋りつきたいという気持ちもわかるような気がした。もし骸骨がこの世にない何か特別な力で生命を得たのだとしたら、その力が和美の症状に何らかの影響を及ぼすこともあり得るのかも知れない。しとしとと降りしきる雨を見上げながら、骸骨は独り物思いに耽っていた。
夕方の街並みが目に浮かんだ。クラブ活動を終えた子供たちが校門を右に左に別れて家路を急いでいる。空は茜色に染まり、山の際にはカラスが啼きながら飛んでいる。
通りがかりの家々からトントントンと俎板を打つ音がして、夕餉のいい匂いが辺りに漂っている。
「じゃあね、また明日」
「じゃあ、さようなら」
ぱたぱたと玄関へ駆こむ足音がして、今日という一日が過ぎていく。そんな光景が脳裡に浮かぶ。
ありふれた一日のはずだった。誰もが今日と変わらない明日が約束されていると思っていた。和美もそして幼馴染みの悦子も当然そう思っていたに相違ない。国道を渡って脇道に入れば家はもうすぐそこだと。車の合間を見て栗鼠みたいにさっと駆け抜けるだけのことだと。
「行くよ、このトラックのあと、せぇのう‥‥」
「あ、ちょっと待って」
和美は解けた靴紐に気を取られていた。すっと屈みこんで結び直そうとした。悦子がそれに気づいて待ってくれていると思っていた。よく判らないが目の隅に駆け出す影が見えたような気がする。
次の瞬間クラクションが耳を貫いた。次いでタイヤの悲鳴が和美の全身を包んだ。何が起きたのか判らなかった。反射的に目を上げると、大型トレーラーが青白い煙を上げながら斜めに滑っていた。和美はまだ歩道に屈みこんだままだった。
ドンというような嫌な音がして何かが車体の下に呑まれていった。一瞬トラックの運転手と目が合ったような気がする。トレーラーは不自然に折れ曲がったまま、なおも煙を上げて滑っていく。どこまで行くのだろうと思っていると、不意にガクッと揺れて停まった。ゴムの焼ける鼻を突くような匂いが辺りに拡がった。
「あれ、悦っちゃんは‥‥悦っちゃん、どこ?」
ぽかんとしたまま和美は辺りを目探った。バタンと音がして運転手が血相を変えて降りてきた。左右の車も急停車して次々と人が降りてくる。バタバタと駆け出す足音がして何だか嫌な胸騒ぎがした。
「おい、大丈夫か?」
「き、救急車だ、救急車を呼べぇ」
「そっちじゃない、シャーシーの下だ、下。早く助け出せ」
鋭い声がして膝がカクカク震えた。そちらを見るのが怖いのに、ぐいっと強い力で捻じ寄せられていく。ふと煙草の匂いがして目の前に若い男が立ちはだかった。
「あ、駄目だ、見るな。見ない方がいい」
だがその声と同時に和美は目の前の光景を見た。