蓋開
茜色の気配が透明な青を少しずつ蝕む帰り道だった。背の高いブロック塀に囲まれた脇道の暗く湿った闇から、男がじっとこちらを覗いている。
瞬き一つしない、暗い沼のような目。
変なおじさんだ、と雪子は思った。
姦(かしま)しく笑っている亜弓(あゆみ)たちは男にまったく気づいていない。そのまま一緒に通り過ぎようとしたら、ランドセルにかけた給食袋をつかんで引っ張られ、後ろから口を塞がれた。
叫ぶ暇もなかった。
亜弓たちは雪子がいなくなったことにも気づかず、囀(さえず)っている。文字どおりピーチク、パーチク。一体なにがそんなに楽しいのだろう。内心腹を立てながら、引っ張られていく。
そこはもう長い間、放置されている空き家だった。ガラスは所々割れ、屋根には雑草が生えている。
「さて、なにをして遊ぼうか。可愛いお嬢さん」
おじさんはチャーミングに笑った。整った顔立ちをしているが、目だけが笑っていないので変な感じだ。マジシャンめいた長い指に、なにかを握っている。
雪子は本能的に後ずさりをした。ほんのわずかな動きだったが、目敏く気づいたおじさんは目を細めて口の端をますます吊り上げた。
「大丈夫、きっと楽しいから」
白く並んだ歯が三日月みたいだ。なにかの歌をハミングしている。なんの曲だろう。奇麗で物悲しいメロディだ。