蓋開
今日は休日で予定はなく、伸親は夜勤で明日の昼まで帰ってこない。雪子はダイニングでノートパソコンを立ち上げた。いくつかのレシピを吟味し、玉ねぎをたっぷり使ったパンの作り方を表示する。
長いストレートの黒髪を一つにまとめ、明るい日差しが降り注ぐキッチンで、にっちゃにっちゃとパン生地をこねる。白くふんわりとした生地を発酵させている間に、フィリング作りだ。鼻歌を歌いながら玉ねぎを大量に千切りする。厚手の鍋にバターをたっぷり落として、切った玉ねぎとベーコンを飴色になるまで炒めたら完了だ。
柔らかくぱんぱんに膨らんだ生地で、炒めた玉ねぎを包む。形を丸く整え、パンが焼けるのを待つ。
ほどなくして香ばしい匂いが漂ってきた。きつね色に膨らんだパンを半分にちぎり、齧ってみる。ふんわりとバターの風味が口の中に広がった。
「うん、上出来」
雪子は大きな黒目がちの瞳をゆるりと細めた。残り半分のパンにラップをして机の隅に置いておく。
それにしても作りすぎてしまった。母に差し入れようと、出かける準備をする。
近くに住んでいるのに、母に会うのは久しぶりだ。歩いて実家に向かいながらふと、小学生の頃に戻ったような錯覚を覚えた。今朝の夢のせいかもしれない。どうして今になって、あの日の夢など見たのだろうか。ぼんやりと考えているうちに、実家が見えてきた。
「お邪魔します」
声をかけつつ玄関戸を開ける。不用心なことに鍵はかかっていない。入ってすぐのところに苔だらけの空の水槽が置きっぱなしになっていたので、思わず笑ってしまった。
「相変わらず、ちらかってるわね」
至るところに未開封のトイレットペーパーや洗剤、手提げ袋や郵便物が転がっている。傘立てには傘が四本も刺さっていて、うち一つは壊れていた。