母は昔から散らかす天才だった。一緒に暮らしている時は、いくら片づけても家がきれいにならず、イライラさせられたものだ。

思い出したら腹が立ってきて、思わず舌打ちをする。

「誰かいるの」

ちっちっと舌打ちしながら廊下を歩いていたら、母がリビングから顔を覗かせた。

「お昼、持ってきてあげたの。食べて」

胡乱(うろん)な目をする母に、雪子はにっこりと微笑んだ。

リビングはまさに腐海の森だった。べたついたテーブルはハサミやハガキや雑貨に占拠され、床にはパンパンに膨らんだ鞄が巨大な昆虫の卵の如く、いくつも転がっている。新聞も広告も広げたまま放置され、足の踏み場もない。

「酷い汚部屋ね、ちょっとは片づけたら」

雪子は顔を顰(しか)めた。

「いいでしょ、私の家なんだから。今日はなんの用?」

「さっき言ったでしょ。パン、作りすぎちゃったから持ってきたの。ほら食べて」

言いながらタッパーを開ける。

ふんわりとバターの香りが漂ってきた。母は黙って、きつね色に太ったパンを見下ろしている。

「珍しいじゃない。どういう風の吹き回し?」

「べつに。いいから食べて」

雪子は黒い瞳でじっと見つめた。

「ほら、早く」