蓋開
市役所の地域支所の窓口は職員が少ないから幅広く業務をこなさなくてはいけないが、その分、客足が少なくてそれなりに暇だ。
しとしとと雨の降りだした鬱陶しい午後、田所(たどころ)修(おさむ)が窓口にやってきた。
「最近、わしの家の庭に犬のフンが落ちてるんだ」
嫌そうなそぶりを見せながらも窓口に出た主任の三島(みしま)に、田所は深刻な口調で言った。
「そうなんですか」
「こっちは雨の中、窓口まで来てやったんだぞ。なんだ、その他人事みたいな口ぶりは」
「そういうわけではありませんが」
「じゃあ、お前が今すぐ片づけにこい」
「すみませんが、私にも業務がありますので」
「市民を助けるのも仕事だろう」
「民事不介入といいますか、個人宅のお話ですので」
そんなやりとりが聞こえてきて、タイムリーだなと雪子は思った。
でも、文句なら市役所ではなく飼い主に直接言うべきではないだろうか。田所は市役所を、町のなんでも屋と勘違いしている節がある。きっと古い時代の考えが頭から抜けないのだろう。いつの間にか自然と田所の対応担当になっている三島が、物腰柔らかな割に対応はコチコチの役人なので、この二人のやりとりはいつも滑稽だ。
結局、田所は窓口で一時間半近く犬のフンを連呼し、帰っていった。
「やっと帰ったわね、田所さん」
田所が完璧にいなくなったのを見計らって、係長の明美(あけみ)が前に出てきた。赤いフレームの眼鏡を左手で押し上げ、大仰に嫌な顔をしている。