「格さん、子どもが生まれたらしいな。おめでとう」
挨拶がわりに、意義は格之助を祝福した。
「いやあ。それがなんと、あの鬼の平八郎までがでれでれの可愛さですよ」
「ははは」
ふたりのよもやま話をよそに、カイは訓練する塾生たちの近くまで歩み寄って、その所作を食い入るように見ている。格之助がカイに気づき訊いた。
「あれは?」
「うん。先生の用心棒にどうかと思って連れてきた。先生は?」
「塾です。一緒に参りましょう」
鴻池屋から無心を断られた平八郎は、やむなく金を稼ぐために別の手段を講じた。五万冊もある蔵書を売って工面するのだ。講堂の少し離れたところにある図書室では、古書屋の主人が膨大な蔵書を前に算盤をはじいている。彼の指示で店子が次々と中庭の大八車に書籍を運んでいくのを、平八郎は見守っていた。
「大塩様、ほんまによろしいんでっか。どれも貴重な御本ばかりでっせ」
古書屋にとっては宝の山でありがたい限りだが、念を押してみた。
「背に腹は、ちうやつや。うちの塾生や街中で飢えとる連中に、米を買ってやらねばならんのでな」
古書屋は改めて目の前の人物に感服する。
「さすが、大塩様や。ほな、なるべく高うに引き取らせてもらいまっさ」
とはいえこれだけの蔵書なので少し時間はかかる、とも言った。
「うむ。よしなに頼む」
【前回記事を読む】この男に「死」を宣告する。塾生全員にもだ。利用できるものは全て利用し、あの世で詫びる。それしかあるまい。
次回更新は2月8日(土)、11時の予定です。
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