火縄銃射撃術の中心は命中率にある。なにしろ連射はできないのだから、一発必中が求められる。射程距離、斜度、仰角、火薬の量、射撃姿勢、息遣い、各部への力の入れ方、侍たちの大好きな技術が詰まっていた。そしてもっと好きな精神統一も。
意義とカイは土堤まで降りていき、訓練を観察した。塾生のひとりが細筒で二十間(約40メートル)先の板切れを狙っている。火皿に火縄を置く。狙い定めること十数秒。引き金を引いた。鉛玉が弾ける音ともに板切れが吹き飛んだ。
「手引書を研究しているから、腕は確かだぞ」
意義に教えられ、カイは感嘆した。だが、とも思う。火縄銃は全長三尺(約1メートル)ある。右手首のない自分には、銃身を支えることはできないだろう。やはり、俺はこれか。懐にしのばせた拳銃を握りしめる。
「おっさん。短筒は? ここで短筒も習えるのか?」
「うむ。大塩先生もおまえのと同じ銃をお持ちだ。名手だから、あとで教えてもらうといい」
旅の途中何度も聞いた名だが、いま初めて会いたい学びたいと思う。一体どんなひとなんだろう? 大塩平八郎って。一方の意義は訓練全般を観察している。彼自身若い頃に中島流の砲術は会得していた。洗心洞の塾生たちの練度はまずまずと見ていいだろう。今日は大筒の訓練はなかろう。あれは轟音を伴うから、それなりの許可も必要だ。
(さて、格さんは今も砲術の責任者のはずだが……)
眼で探すと、火縄銃の指導をしていた大塩格之助が意義に気づいた。
「おおーい、田沼……いや渡辺殿。久しうござる」
手を振りながら、格之助が意義の前に歩み寄ってきた。相変わらず前向きで明るい男だ。年下だが、意義が腹を割れる数少ない友人と言える。カイは隣でぽかんとしている。格之助が田沼意義を「渡辺」と言い直したからだ。
「ああ、言ってなかったな。ここでは、俺の名は『渡辺良左衛門』だ」
「また、侍のめんどくさいやつか? いいけどよ」
この頃のカイは、武士の慣習や言動にとやかく言わなくなっていた。侍は侍、自分は自分と割り切れるようになっていた。