鼠たちのカクメイ

善右衛門は壁の西洋時計を見て、中座を宣言した。

「おっと、もうこないな時間ですか。あてはこれにて」

すぐにも店に戻りたかったのだ。また柏手を打つ。襖が開いて、芸妓たちが入って来た。

「御奉行様。今宵はこの店貸切にしとりますゆえ、どうぞごゆっくり」

跡部は、艶やかな女たちに相好を崩した。

「うむ、甘えるとするかな」

善右衛門はその場に伏して言う。

「今後とも、どうぞご贔屓に」

その佇まいは、数十年かけて練り上げられた一大豪商のものだった。

翌日鴻池屋本店の大広間には、各支店の番頭や買い付け人その他数十名の店子が集められた。総帥たる善右衛門がその中心に立って、てきぱきと指示をする。

「卯作と亀吉は備後へ、安兵衛さんは博多までお行き。ええか。金に糸目はつけず、ありったけ買い占めるんやで」

「へい、大旦那様。任しとくんなはれ」

一同が威勢のいい声を上げた。「廻し米」は幕府内の極秘事項。さらに米の買い取り規制は、善右衛門にとって値千金の情報だった。出陣前の陣屋さながらに熱くごった返す中、番頭が善右衛門に耳打ちした。

「大旦那様。門前に大塩様がお見えになっているようですが」

答えは決まっている。