【前回の記事を読む】一族の勢威を示すため、亡き母を大王の墓へ移葬する儀を行った……だが蘇我の血を引きながらも、厩戸皇子はその際、姿を現すことはなく……

第一章  「消えゆく光芒(こうぼう)

額田部女王 × 蘇我馬子

太子の母である穴穂部間人王妃は、夫である池辺大王の崩御に続き弟の穴穂部王子の死亡。

そして、すぐ後に始まった物部との戦いなどの騒擾による害を避けるため、一時期は丹後の地に身を避けていたが、騒乱が止み大和に帰ってこられた時、独り身の妃の寂しさを慰めようと我は池辺大王の長子田目王子(ためのみこ)に添わせ児までなした。

しかし、太子にとっては母と異母兄との婚姻についてどう受け止めていたのだろう。

我には何も洩らすことはなかったが、太子の本当の胸の内ではどのような想いであったろうか。

戦いの後、次の大王を決めるにあたって、訳語田大王の長子である押坂彦人大兄王子(おしさかのひこひとのおおえのみこ)の存在もあったが大王位を継ぐ年齢には達していない。

さらに、物部守屋に心を寄せていたとの噂もあり、蘇我系でもないため体調を崩されていることにして後嗣からは外した。

ここ数代は磯城島大王の子の代で繋いでおり、結局、末子の泊瀬部王子が即位した。それは額田部大后の意志であり我も同意した。

しかし即位後数年にして我の政の仕様に異を唱え、果ては我の殺害まで望んでいることを耳にして、仕方なく我は大后の同意を得て泊瀬部大王を弑するに至った。

誠に恐れ多いことと思うがいたし方の無い仕儀であった。