【前回の記事を読む】息子をなだめた、たった一言のはずが――あれから「痛いの痛いのとんでいけぇ~」を1日何十回も求めるように…応じないと、さらに繰り返し……
第一章 生命力を支える家族
痛いの、痛いのとんでいけぇ~
オウム返しに疲弊
コミュニケーションの語彙の乏しい自閉症児は、やっと覚えた数少ないきまり切った文言、たとえばコマーシャルの台詞などで関わりたがる。
そうすると周りの者、特にお母さんは同じ言葉、台詞で返してくれるので、自閉症児にとっては対話が成立したような嬉しさを覚え、達成感が感じられるのかもしれない。
思い起こせば乳幼児の会話はパパ、ママが発した言葉の「繰り返し」からスタートする。乳児がなにやら喃語らしきものを発すると、親御さん達は喜色満面で同じ赤ちゃん言葉を繰り返す光景をよく目にするし、ほほえましくもある。
しかし、自閉症児の場合、オウム返しの単語からバリエーションが増えにくく、パターン化しやすい。そして自発語に発展しにくい。
いつの間にか親達も自閉的な会話パターンにはまってしまい、我が子の発した言葉を何の疑問も抱かずパターン的にオウム返しするのが当たり前になってしまう。
繰り返さないでいると、それをやるまであきらめずしつこいので、とりあえずオウム返しして、早くその場を終わらせたい気持ちになってしまう。
お母さんと息子の、「痛いの痛いのとんでいけぇ~」もまさにそのパターンだった。私は言った。
「息子さんはお母さんに話しかけたくても、その言い方以外の話しかけの言葉を持っていないのですよ。同じ言葉で話しかけてはくるけれど、何もお母さんまで同じパターンの台詞で返事する必要はないんですよ。日常的な、世間話的なことを言って話し相手になったらいいじゃないですか? まともな返事が返ってこないなどと思わずに、普通に話をすればいいんですよ」
私は“世間話”を強調して言った。するとお母さんは納得がいかない顔ながらも「そういうものですか?」と言った。
しかし帰宅後、言われた通り、いわゆる“世間話”を実行していたようだ。療育開始後、お母さんは笑いながら結果を報告してくれた。
「息子が寄ってきて『痛いの痛いのとんでいけぇ~』と言い始めたら、そのセリフをオウム返しせず、全く別のことを何倍も話しかけたり、質問したりするものだから、息子は『痛いの、痛いの~』では寄ってこなくなりました」
額に縦皺を寄せていた顔は晴れやかになり、息子を見る目はさらに優しくなった。