こだわりのマイブーム
療育を始めると、彼は視線を合わせないどころか、人の顔をよく見ている方だった。
ある日の療育の時、私は彼が療育初期の定番「絵とことばのマッチングカード」はできるようになったので、次はひらがな単音カードで文字を教えようとしていた。
カードを一枚ずつめくりながら文字を読む練習をしていた時だった。私はスムーズにカードをめくるために、瞬間的に口元に指を持っていき、指に湿り気を付けてめくっていた。
しばらくして、彼も発声の前に必ず指を口にもっていくことにふと気付いた。私は目が点になったが、気持ちを抑えて低い声で「そこは真似しなくていいの!」と彼の手を止めた。
彼の模倣はそれだけでなかった。
書字練習中、私は鉛筆の色が薄い時、ちょっと芯を舐めて濃くして見本を書くことがあった。彼のは4Bの鉛筆なので舐める必要はないのだが、すかさず真似した。
自閉症児の中にはミラーニューロン(脳内の神経細胞の一種)の欠如なのか、模倣するという意識がなくて、あの手この手で模倣させる工夫が必要な子もいる。
ところが彼は模倣し過ぎて、しなくてよいところまで模倣するので逆に模倣させない注意、工夫がスタッフには必要だった。
模倣力抜群だけあって、対人意識、対人関係も良く、指示にも素直に従ったが、彼は何かとこだわりを作りやすいタイプで、それがネックになることも多かった。
頭を悩ませたのは一人歩きの練習をすることにした高学年の時だった。
一人歩きの練習は、まずこばとの出口から二十メートルほど先の歩道橋のたもとまで一人で歩いていくことから始める。
お母さんにはそこでお迎え待ちをしてもらうことにしていた。彼は多動ではないので歩きに関して心配はないのだが、歩道橋までの短い距離にマンホールが二つもあった。
彼はそのマンホールの前で立ち止まり、それからゆっくりマンホールを斜め下に見ながらその周りを歩いてからでないと先に進めなかった。
彼はこだわりつつもなんとか歩道橋までの一人歩きをクリアした。
しかし、こばとから普通なら五分ほどで着く最寄り駅までにもマンホールはいくつかあった。マンホールすべてにその行動パターンをするので、駅までの一人歩き練習に時間がかかった。
経験上、こだわりは本人のブームがピークの時に止めようとすると逆に執着し、強化されてしまうことが分かっていた。
それで下火になった頃合いを見計らって切り替えさせたのだが、時間がかかった。
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