はじめに

平成元年十一月、たった一人で始めた障がい児療育の「こばと塾」を二年後「こばと治療教育センター」と改称して三十六年間運営した。

前作『かれらの世界』を上梓した頃から、言葉にしにくい不穏な空気は続いているが、二〇二五年後半以降、人々の雰囲気は確かに変わり始めた。

デジタルの進展は、障がいのある人の意思表示や選択を支え、コミュニケーションの形を広げている。今から三十年以上も前の話になる。

現在、三十代後半で社会人として東京まで通勤する軽度の自閉症の青年で、名前の売れたアクリル画家だが、小学校時代には彼の行動が、お母さんの悩みの種になっていた。

彼は小学校高学年の頃、登下校や家の近辺を一人歩きしていたがお母さんは彼が歩きながらつぶやく独り言が気になっていた。私は当時普及し始めた携帯電話を耳に当てて歩けば目立たないよ、と提案したが、お母さんは実行する気にはならなかった。

ところが、現代はどうだろう。手ぶらで喋りながら歩いている人をそこここに見かける。高齢者の私などはつい相手の顔を見てしまうが、当人は全く違う方向を見ている。

スマホのおかげで世間では多くの人が自分だけの世界にこもり、孤立化してきているような印象さえ受けてしまう。画面を見てそれを媒体として会話している光景は当たり前のものになっている。

会社でもそうではないだろうか。かつては机を並べている隣の人が何をしているのか分かったが、今はそれぞれが画面を見つめているので隣席の仕事の様子など分からない。コロナのパンデミックもあったため、人との距離感も微妙に変わってきている。

自閉症児も喋れなくともスマホで自分の行きたい所、欲しい物を表示できるようになってきている。自閉症児者の、かつては障害となっていた特性を可能性に変えていけるようになってきたのは確かな変化だ。

未来の世界は表面上差別しない、というだけでなく彼らの特性を生かして、皆ありのままに生きられる世界になっていくのかもしれない。