【前回の記事を読む】寿司屋でトロ、イクラなど高いネタばかり注文する息子…断ると大声で騒ぎ、母は言いなりに…さらに困った行動は、家の中で……
第二章 熟慮の決断
置かれた場所で咲く
里親の苦労
平成元年に「こばと塾」を開設して以来多くの子どもを受け入れてきたが、里親が養護施設から子どもを迎え入れ、その子どもを療育に連れてきていたケースが二例あった。
養護施設に預けられる子には様々な複雑な事情があるだろうことは容易に想像がつく。通常以上に子育ては難しいだろう。
一例は、てんかんと身体的難病と知的障がいを持っている小学校一年の男児を里子にし、こばとの療育にも通わせていた夫婦だった。
もう一例は、三歳後半の男児を迎え入れているが、夫婦は施設側から彼は自閉症と言われたと言っていた。男児の兄も施設におり、ADHD(注意欠如多動性障害)ということだった。
発語の乏しい自閉症の男児を里子に迎えた夫婦は、彼が四歳になると、どこで知ったのか分からないが、こばとに療育を申し込んできた。彼らの住まいは千葉県内ではあるが、市をいくつも跨(また)いだかなり遠方だった。
面談の日、ご夫婦と男児は大きなワゴン車に乗ってやってきた。大きい車だったのでちょっと疑問に思ったところ、聞けばショートステイとして施設の子どもを預かることもあると言う。
ワゴン車はそのためでもあるのか、そこまで子どもに尽くす人々もいるんだなぁ、と初めて知った。
男児は表情が乏しく、発語も年齢相応ではなかったが、自閉症としては軽度の方だった。
まず幼児学習教室からスタートした。学習の習得も良く、ひらがなの読み書きを覚えると語彙数は急速に伸び、発音、イントネーションも通常の子どもと変わらなかった。
知的障がいのない自閉症で、アスペルガータイプ(強いこだわりを持ち、対人関係が苦手)と思われた。
就学までに学習がかなり進んだので小学校は地元の通常学級に入学した。こばとには養父母のどちらか、または二人一緒に車で送迎してくれた。学習は学校の教科書で予習を多くして進めていった。こばとでは情緒も安定していて友達とトラブルを起こすこともなかった。
療育の一環として指導時間中に日記や作文を書いてもらうことがあった。
彼はお父さんと釣りに行って楽しかったことや、家族で海外旅行に行ったことなどを原稿用紙に二、三枚書いた。
内容について質問しても、楽しげに詳しく話してくれた。それを聞いて、本当の家族を作り上げようと努力されている養父母の苦労がしのばれた。