「でも全く障害のない人は良いですね。その気になればどんな仕事でも選べるけど、私たちには決められた仕事しかありませんし、それだって全く視力のない者には条件の良い治療院はなかなかありません」
「そうだなあ」
謙志郎は深いため息をつくと、言葉を続けた。
「なあ珠輝、俺が赤ん坊だった頃の話を聞いてくれるかい」
「ぜひ聞かせてください。私も施設では見えないことで、相当気を使いながら懸命に生きてきましたし、親類や両親にもそうでした。だから自分ほど不幸な者はいないのではと思ってきましたけど、お話を聞いて子どもの頃の寺坂さんを知りたくなりました。けど、私からお尋ねするのはあんまり失礼かと……」
「分かった。赤ん坊の頃の話は聞いたことしか分からないし、俺を心から大切にして育ててくれた人たちは、東京大空襲でみんな死んだんだ。俺が捨てられた寺もきれいに焼けちまってな。六つの時に焼け跡に連れていってもらったが、涙も出なかったよ。子ども心にも、あまりにも哀しすぎたんだなあ」
しんみりした謙志郎の口調に、珠輝は目頭が熱くなった。
「私はまだ幸せかも知れませんね。まだそこまでの試練には出会っていませんから」
「俺はそうは思わんよ。おめえだって……。止めよう。今から暗いこと思うまい。それより俺の物語だ」
謙志郎は砕けた調子でそう言ったが、やがてとつとつと話しはじめた。
次回更新は8月28日(木)、21時の予定です。
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