【前回の記事を読む】「障害のない人は良いですね。その気になればどんな仕事でも選べるけど、私たちには決められた仕事しかありません」
第五章 謙志郎の生い立ちに励まされる珠輝
二
師走を迎えようとする早朝、浅野朋来(ともき)はいつものように寺の周囲を掃き清めるため、表へ踏みだした。
東京築地のなだらかな坂を登ったところに位置する「希泉寺」という日蓮宗の小さな寺だが、朋来はこの寺の住職だった。四十前の男盛りではあるがなぜか妻をめとらず、十歳そこそこの二人の小僧と共に暮らしていた。
小僧が寺の周囲を掃き清めるのが本来常識だが、彼はそれを修行の一つとして自ら実行し、小僧たちに口やかましく怒鳴り散らすことはしなかった。
小僧たちが何かしくじっても、声を荒らげることなく物静かに諭していた。この方が効き目は確実、この寺の小僧は礼儀正しくいたずらもしないから、近所の人々からも好感を持たれていた。
ある朝、いつものように朋来が外へ踏み出そうとした瞬間、
「あっ、なんてえことを」
そこには産まれて間もないであろう赤ん坊が捨てられていた。朋来は素早く赤ん坊を抱きかかえ、寺に入っていった。
「おおい、三吉、千太、早くこい」
朋来(ともき)は寺の奥へ向かって大声で呼んだ。その声に驚いたのか赤ん坊が、
「はああ」
消え入りそうな実にか細い声を上げはじめた。
「いかん。寒さとひもじさで体が弱っているのかもしれない。二人とも何をぐずぐずしとる、早くこないか」
「はあい」
普段聞くことのない朋来の厳しい口調に戸惑いながら、寝ぼけ眼をこすりつつ二人の小僧がやって来た。
「あっ」