プロローグ

心身ともに疲れ果てた丸山珠輝は、不思議な夢で目覚めた。

場所はどこなのか全く分からない。ただ大勢の人がいるようだが、目の見えないのは珠輝一人らしい。

そこは階段の中程らしく、珠輝はかかとから足のつま先までしかない狭い場所に立っていて、両手に薄い布を持ち、真珠をとてつもなく大きくしたような、表面がすべすべした巨大な玉を懸命に磨いていた。さらにそこから五メートルほど離れている所に何人もの人々が群れていて、みな誰彼と話しながら作業を続けているようだった。だが、彼らの中に珠輝の知る声はなかった。

おかしなことに、彼らが何を話しているのか、珠輝には全く内容がつかめなかった。誰からも声一つ掛けてもらえない珠輝だったが、寂しいわけでもなく、ただ黙々と磨き続けた。

やがて彼女は言いようのない疲労感に襲われて、作業を続けることが困難になってきた。何かの弾みでバランスを崩そうものなら、後ろ向きに頭から落下するに相違なく、まず即死だということだけが想像できた。ただ恐怖だけが襲ってくる。

少し休もうと意を決した彼女は、滑らかな玉にできるだけ上半身を預け、恐る恐る右足を降ろしながら階段を探した。運の良いことに、下の階段に右足を降ろすことができた。そうなると、左足も楽に降ろすことができた。さらに両足をもう一段降ろすと、今まで立っていた階段に突っ伏して休むことができた。

だがどうしたことか、ようやくほっとしたのもつかの間、ガチャッ、階段がバネ仕掛けで跳ね上がり、再び珠輝は元の作業を続けなければならなかった。けれど、そこにはもう何の恐怖もなく、今度は言葉では言い表すことのできない安らぎに包まれた。玉を磨くことも全く苦痛ではなくなった。

その瞬間、

「あっ」

珠輝の聞き覚えのある男の声が耳に飛び込んできた。と、そこで夢は終わった。

その人こそ、今の彼女が最も会いたい人だった。