第五章 謙志郎の生い立ちに励まされる珠輝
一
東京を飛びだし、桜木夫妻との出会いを語り終えると、謙志郎は深く息を吐いた。彼は珠輝の表情の一つたりとも見逃すまいと、懸命に観察した。
「大変でしたね。飯野って男こそ殺してやりたいですね」
「物騒なこと言うなよ。女の子はなあ」
「もっと上品な言葉づかいをしろと言うのでしょ。まっぴらです。腹が立つものは立つのです。私は人ごとでも我が身に置き換えてしまう悪い癖があって、自分でも嫌になります」
「それがおめえのいいところさ。断っておくが、なぜかおめえにはおめえ、あなたとか珠輝さんなんて言えないんだ。眼が見えないからばかになど決してしちゃあいない。それだけは分かってくれないか」
「私、寺坂さんをそんな人とは思いません。かえって丁寧に呼ばれると気持ち悪いです。 一つ聞いてもいいですか」
「何だ」
「寺坂さんが飯野を狙うなら分かりますが、縁もゆかりもない人を、何で殺す気になったのですか?」
「そうよなあ。自分で言うのもおかしいが、俺はいつでも懸命に生きてきた。人のことも考えながらだ。だけど、それが裏目裏目に出て博多に来たろう。何かむしゃくしゃしてな。嫌なことばかり続くと、どんな人間だっておかしくなるよ。
俺のような子どもでも懸命に働いてるというのに、昼間っから酒なんか飲んでふらふら歩いてる大人が許せなくて、そいつに狙いを付けたんだが……」
「何となく分かる気がします。けど博多に来て良かったですね。今じゃ桜木家のお坊ちゃん。これからお店を継ぐんですね」
「そんなことはまだ分からんよ」