若さに似合わぬ丁寧なしゃべりに感心した桜木だったが、

「君が胸に誓ってきた悠々自適の生活はどうするね。男がそんなに考えを変えるようでは信用できんぞ。わしは君の命をもらう考えは変わっていないんだが」

「ああ、あれは実地の第一関門で落とされましたから諦めました。人間いつかはあちらの世界に行くものなら、社長さんに送り出していただければ幸いです」

謙志郎の機転と頓知(とんち)に、桜木は苦笑いを浮かべた。

「うちの店に来ても悠々自適とはいかんぞ。特に小うるさい婆さんの機嫌取りもせにゃあ いかんぞ。それでも構わんかね」

「男に二言はございません。たとえ小うるさいお婆さまでも、実の祖母に出会ったつもりでお仕えいたします」

「分かった。早速君に実行してもらうとするか」

桜木は立ち上がり、謙志郎を連れて店を出た。

喫茶店を出ると桜木はタクシーを停め、謙志郎を伴い閑静な住宅地に入った。タクシーを降りて玄関のブザーを押すと、

「どちら様で」

「俺様だ」

「まあ嫌だ」

玄関ががらりと開き、和服姿の中年の女性が現れた。彼女が謙志郎を見た瞬間、

「謙ぼう」

女性は慌てて口元を押さえた。

「わしの家内の浩子だ。さあ上がりなさい」桜木が謙志郎の背中を押した。