二
そろそろ商店街も終わりに近づいたとき、男は喫茶店の前で足を止め、謙志郎に先に入るように指示した。謙志郎がドアを押して入ると、男も続いて入り、最も奥の席に彼を誘い、二人は向かい合った。
「コーヒーはどうかね」
「恐れ入ります」
彼の丁寧な物言いに、男の顔がややほころんだ。男はタバコを取り出しライターで火を点けた。ライターは舶来製らしく、蓋(ふた)を開けると「ちいん」と澄んだ響きを立てた。
コーヒーが運ばれてくると、男が謙志郎に勧めた。彼は男に軽く頭を下げ、砂糖壺(つぼ)から角砂糖を三つコーヒーカップに入れ、スプーンを使いはじめた。
「ほお、結構甘党だな」
謙志郎はちょっと照れ笑いを見せると、意を決して男に尋ねた。
「先ほどから随分ご親切にして頂いてますが、なぜ私のような者にこれほどまで……。あなた様はどこのどなた様でいらっしゃいますか」
「わしの名を尋ねる前に、君の名を聞かせてくれないか」
「大変失礼いたしました。私は寺坂謙志郎という若輩者でございます。あなた様にはとんでもない所を見られてしまいました。顔に傷はありますが私は全くの堅気者で、ろくにご挨拶(あいさつ)もできない始末でございます。私には命しか残っておりません」
「かまわん。わしは君の命がほしいんだ」
「やっぱり」
謙志郎の顔から血の気が引いた。男はそれを楽しむように、謙志郎の前にチョコレートの箱を置いた。これこそ謙志郎が万引きしようとした品だった。謙志郎はますます男の不気味さに体が震えた。
「どうやらこれに見覚えがあるようだな。君がうちのスーパーに来てくれたから、こうしてわしが君の側にいるんだよ。わしはスーパーマル得の桜木稔というんだがね」