「あります。初めてお迎えに来てもらったときはかっこいい人と思っていましたが、いやらしいときの声、あれは正に悪人の声です。悪人でも頭の良い悪人は男前の声ですよね。寺坂さんはその手の声ですからたちが悪い」
「おめえにかかっちゃどうしようもないな。人を褒めたり貶(けな)したり」
「お嬢さん、あんたの勘は当たっているよ。彼は子どもの頃から成績は群を抜いていたんだ。大切にしている通知表を見て驚いた。
わしは尋常小学校しか出ていないから、寺坂君には定時制高校に行き、大学の通信教育を受けてもらい、わしが知らないことを教えてもらっているんだ。他の従業員との兼ね合いもあるから、彼はわしの遠い親類になっとるがね。
寺坂君は金持ちではないが、義理人情に厚い男だ。あんたも困ったことがあれば相談には乗ってくれるよ。金のこと以外ならな。彼は演劇の勉強をしていてね、時々養老院に行って腕前を披露しているんだ。これもまた、演技にかけての実力は、お年寄りにも定評があるんだよ」
「そうでしたか。それならうまいはずですね」
珠輝は素直に寺坂を褒めた。この日は天丼をご馳走(ちそう)になった上、三人分の料金をもらって帰った。もちろん店にはお客を施術したことにして、天丼のことは黙っていた。
それからというもの、桜木社長と奥さんは珠輝をひいきにしてくれただけではなく、訪れるスーパーの客を紹介してくれた。中でも奥さんの浩子さんの教えは大変ありがたいものだった。
次回更新は8月23日(土)、21時の予定です。
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