【前回の記事を読む】あの酷い仕打ちは少女のためだった? 「あの子が少しでも安全に働けるように」しかし、何も知らない少女は…

第二章 尊き教え

「社長、ちょっと掃除機だけかけさせてください」

「かまわんよ。ところでお嬢さん、寺坂君が何か気に障ることでもしたのかね」

社長に促されて話を始めようとしたとき、どこかの工場から出るような、すさまじい大音響が聞こえてきて、珠輝は一瞬身構えた。社長は驚いた珠輝を見て、

「あれは掃除機の音だよ。さっきあんたが割った瓶と鏡の欠片(かけら)を吸い取っているんだよ。箒(ほうき)で掃くより危なくないからな。あれをかけると床も畳もきれいになるんだよ」

そんなものがあることを珠輝は知らなかった。父は今、名の通った東洋電機に勤めているのに、掃除機という名を聞いたこともなかった。

(掃除機なんて金持ちの家にしかないはずだ。この男、雇われ人なのにそんなに金を持ってるのだろうか。男の言うとおり、殺し屋に違いない)

珠輝は納得し、先ほどの顚末(てんまつ)を社長に話した。

「社長さん。会社には殺し屋が雇われているのですね」

「うちにはそんな者はいないよ」

「いえ、あん畜生は殺し屋です。この話を社長にすると殺すと言いました」

「ほお、ではなぜわしに話したのかね」

「私は自殺する勇気はないし、こんな世の中に生きていたくもありません。それならあん畜生に殺されたほうが……」

「お嬢さん。さっきから聞いてると、お客さんをあん畜生呼ばわりはいけないよ。まして寺坂君はうちのかわいい従業員だ。たとえあんたに寺坂君が悪さをしても、わしは寺坂君を取る。あんたとわしは客と業者の関係しかないんだ」

桜木社長の口調は珠輝にはかなり厳しいものだった。

(この人もやっぱり冷たい人なのだ。どこかで私たちのような按摩師に悪さをしているかもしれない)