珠輝は哀しかった。桜木社長に対する尊敬と感謝の念が音を立てて崩れた。珠輝の思いを余所(よそ)に、社長は言葉を続けた。

「なあお嬢さん、どんなに腹が立っても、お金を頂くまでは大切なお客様だ。まあ、あの場合は金を諦めて逃げることを一番に考えないとなるまいがね。お嬢さん、辛抱という木に汗と涙の栄養をたっぷり与えるんだ。

すると、根性という花を咲かせてくれる、そうすればしめたもの、やがて金という実を付けるんだ。このわしも、今でこそ社長さんと呼ばれてるがね、どれだけ汗と涙を流したか……。目が見えるわしでさえそうなんだ。

ましてあんたが世の中を一人歩きするのは大変なことだろう。あんたの辛さは分かる。だが、これからそんな言葉を使うなら、わしはあんたを二度と呼ばないからね」

桜木社長に先ほどの厳しさはなかった。だが、働く厳しさを伝える口調は、珠輝の心に染み込んでいった。

(この人はこれからも自分を呼んでくれるのだろうか)

半信半疑ではあったが、

「分かりました。これから気をつけます」

わだかまりはあるものの、珠輝は素直に頭を下げた。桜木氏に笑みが浮かんだ。そこへ掃除機をかけ終わった寺坂が部屋に入ってきた。

「やあ、まいったまいった。下ろしたばかりのトニックを割ってくれましたよ」

「あれは彼女の化粧水でしょ。あなたはお金持ちだからまた買ってあげたらいいではないですか」

「冗談じゃない、あれは俺が頭に付けるための物だ」

「男の人はポマードを付けるんでしょ」

「そうだな。あれを使う人もいるが、べたついて枕カバーの汚れが取れにくいからな。俺はトニックを使うんだ」

「トニックは高いのですか」