「ポマードより少し高いな。俺のは外国製だから一本千円だ。それにおめえは三千円もするカッターシャツに穴を開けてくれるし、とんだ災難だったぜ」

聞いた珠輝は驚いた。自分が初めて買ってもらった化粧水は二百円。口紅と乳液の代金を足しても千円からかなり釣りが来る。

それにカッターシャツは三千円という。四千円もの金、これからどうやって払っていけばいいのだ。本当に社長がひいきにしてくれるなら、この男に金で弁償しないわけにはいくまい。珠輝は眩暈(めまい)がした。顔色も変わったのだろう。

「おい、気分でも悪くなったのかい? 顔が真っ青だぞ」

寺坂が尋ねた。

「四千円ものお金、一度には払えません。必ずお返ししますから、月賦にしてくれませんか……?」

「もういいってことよ。そのかわり、按摩を練習して、早くみんなに喜んでもらえるようにな」

先ほどまでとんでもない悪党だった男が、珠輝が壊した鏡や化粧瓶のことは一言もとがめず、丁寧に服を払ってくれたし、今は金は要らないという。社長の前でかっこ良く振る舞っているのかもしれない。珠輝はそう自分に言い聞かせた。

「けど、そんなわけには……」

「分かってるからいいんだ。それより、おめえ本当は按摩師になって一か月じゃないのか。ここだけのこと、正直に言ってみな」

「寺坂さんのおっしゃるとおりです。一年はやってることにしなさいと」

「そうだろうな」

珠輝の話に二人はうなずき合った。

次回更新は8月22日(金)、21時の予定です。

 

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