時間は相当経っていて、寺坂氏の腹の虫が時を告げた。

「寺坂君、もう飯の時間はとっくに過ぎたなあ。天丼でも頼まないか。お嬢さん、あんたも天丼を食べていきなさい」

と言われたものの、珠輝は天丼がどんなものかを知らなかった。どちらにともなく尋ねると、

「天丼ってのはな、丼飯の上に天ぷらが乗っているんだ。ここに豚カツが乗っているのをカツ丼っていうんだ。上手いぞうっ。今日は社長のおごりだから、何でも食べると良いよ」

「おごり」。学生の頃、この言葉が珠輝にはどんなにほしかったことか。

同級生や下級生の女の子たちは、上級生の男子にお菓子や何かをもらっていたが、珠輝にはほとんどなかった。今日は天下のスーパーマル得の社長のおごりに与ろうとは。

それに、寺坂までがカッターシャツや割ったトニックの金は要らないと言ってくれた。感極まった珠輝はその場に泣き崩れてしまった。

「ようし、俺が天丼の食べ方を教えてやる」

寺坂は珠輝の背中をぽんと軽くたたくと、出前で届いた天丼の食べ方を丁寧に教えてくれた。

「お嬢さん、あんたの苦労も大変だろう。しかし、寺坂君も……。彼は生まれて間もない赤ん坊の頃、坂を上がったところにあった寺に捨てられていたんだよ。後悔した親に分かるようにと、寺坂という苗字を住職さんが付けたんだ。わしもひょんなことから寺坂君と縁ができて、今ではわしの息子だ」

「そうでしたか。寺坂さんはそんな人だったのですか。私はてっきり金持ちの殺し屋と思っていました。誰が聞いても、あれは殺し屋の声です」

「ほう、そんな声があるのかね」