【前回の記事を読む】「目の見えない彼女には酷なこと」「早くしないとあの子が危ない」少女を襲った"あの事件"は社長らが善意でとった行動だった

第三章 はぐれ小雀と眼無し鳥

「あのね、客が息子を揉(も)んでくれと言ったらね……」

うまくかわすための言葉づかいなどを丁寧に教えてくれた。奥さんはちゃきちゃきの江戸っ子で、神楽坂の地方(じかた)芸者だった。

当時の桜木さんは金がないから懸命に働き、奥さんを身請けしたそうだ。本来なら何らかの咎(とが)めがあるのだろうが、置屋の主人が桜木氏の男気をかい、二人を許したとのことだ。桜木氏も置屋の主人への義理立てから、都落ちではあったものの、九州博多に根を下ろしたのだった。

寺坂という男も月に二度ほど呼んでくれた。彼には按摩など必要なかったはずだが、珠輝を少しでも支えてくれていたのだ。

若気の至りはまさにバカげの至りの珠輝だったが、寺坂の優しさが分かってきた。危ないことも教えてくれたが、今度は恐怖を与えることなく、教師が生徒を指導するような教え方だった。そんなある日、

「なあ珠輝、おめえが嫌なら無理にとは言わないが、俺はおめえのことをいろいろ知りたいんだ。眼が見えないって事は大変だとは思うんだが、おめえが今まで生きてきて経験したことなんかを聞かせてほしいんだ。

俺も本当のことを正直に話す。それを聞いたおめえが軽蔑するならそれもいい。敬遠してもいい。そうなっても決して危害を加えたりしないから安心しろ。俺の話に同意できないか」

「人にいろんなこと聞かれるたび、ばかにされているようで、ほんっとに嫌でした。ご飯は一人で食べられるかとか、風呂は一人で入れるかとか、もっと嫌なのは、トイレに一人で行けるかとか。でも今は違います。

そりゃあ興味だけで聞いてくる人もいるでしょうけど、何にも聞かないでかってに想像して、それをまことしやかに吹聴する人たちほど厄介な者はないことを知りました。私が生まれる前からのことは母や祖母から聞いたことをお話しします。

だから寺坂さんもいろいろ教えてください。私は興味だけで聞くのではありません。知らない世界をいろいろ知りたいんです」