「めっそうもございません。私でお役に立ちますことなら全力を尽くす所存でございます。それがせめてもの」
「その先は言うな。君はわしらの息子じゃないか」
「恐れ入ります。今のあの子の様子なら、客の誘い金に靡(なび)くようなことはないでしょう。ただ何かの弾みで挫折して自棄を起こすと怖いのですが」
「そうだなあ」
桜木稔は深くため息をついた。
「寺坂君。あの子がわしの名前を聞いた途端、三つ指ついて菓子の礼を言ってくれたろう。あの姿に打たれたんだよ。わしは菓子のことなど書類上でしか知らん。それもいつまでも覚えてるもんか。だがあの子は心に留めていてくれたんだなあ。
これからお菓子のご恩返しに一生懸命按摩をさせていただきますと言った時には尻がくすぐったかったよ。だから照れ隠しにスペシャルを、などと口走ったんだ。わしは娘を育てたことはないが、あの子が向日葵(ひまわり)の蕾(つぼみ)に見えたんだ。
その蕾を大輪とまではいかなくても、堂々と太陽に向かって生きていけるよう導いてやれたなら、少しは社会貢献になるのではなかろうか」
「社長さんは素晴らしい方です。いつかあの子が理解したなら、一生恩に着るでしょう。私も妹ができたつもりで全力を尽くしてお手伝いさせていただきます」