第二章 尊き教え
一
話が前後するが、この店では金倉保さんは鍼灸専門で、ほとんど外回りが多かった。珠輝と京子さんはもちろん、奥さんの多喜子さんも、幼稚園から帰った昭久君の様子を見ながら按摩の施術に当たった。
新しく来た職人の腕を雇い主が確かめて、眼鏡にかなえば即患者に付かせてくれるが、そうでなければ当分下揉(も)みだけで、仕上げは雇い主が行う。一人前の職人とは認められないから、当然給料や歩合給も少ない。
たちの悪い業者は何やかやと学校を出たばかりの職人に難癖を付け、暴利をむさぼる輩もいることは彼女も聞き知っていた。
珠輝の場合、下平さんの紹介ということもあってか、その場で合格点をくれた。運の良いことに、次の日、古い得意患者の主婦が二人連れ立ってやってきた。
奥さんと京子さんが担当していたが、奥さんは新入りの珠輝に患者を任せてくれた。施術の前に、珠輝が必ず守らなければならない注意点が幾つかあった。二人で施術に当たるときには時間を合わせる。
例えば、上半身では首から肩を揉み、腕にかかる際に、「よく凝っていますね、今度は手にいきますよ」などの合図を送る。患者の凝りがひどい際は、
「肩がよく凝っていますから、少し時間をかけますね」
などの会話を交わす。体の部位を変える際にはその旨を患者に伝える等々。珠輝にとって特に気をつけなければならないのは、患者に何年按摩をやっているかと聞かれたなら、
「一年前、他の店で修業してきました」
この台詞を忘れないことだった。ばか正直に、