【前回の記事を読む】許嫁を追って中国へ渡った丸山嘉子は終戦後、日本に帰国した。家族と再会するものの、許嫁の母親が病気で死んだことを知り……
第1章 丸山家の人々
一歩踏みだし重正を待つ嘉子
家に帰ると、法子が嘉子の帰りを待ち構えていた。嘉子は実馬との話を全て三人に話して聞かせた。
「うちも重ちゃんからいろいろ聞いていたけど、まさかあれほどとは、叔父さんは本当に鬼やね。」
嘉子の胸はまだ怒りで煮えたぎっていた。
「よこしゃん重ちゃんの嫁になんかなったらいかんばい。あんたの苦労が目に見えとるが。行きなんな、行きなんな。」
母のイチノが口火を切ると
「そうばいよこしゃん。あんたと重ちゃんは従兄弟同士やろう、うちの人が言うには鹿児島ではそんな結婚は絶対させんとばい。従兄弟同士の結婚は血が濃すぎるから障害のある子供ができるらしいばい。もしそんな子ができたら丸山家の恥にもなるし、うちとこにも迷惑がかかるとばい。うちに子供ができたらその子の縁談にも差し障りができるとばい。」
三人の間に深い沈黙が流れた。
「うちはみんなの反対を押し切って重ちゃんを追って青島まで行ったとよ。そりゃああの時は確かに若気のいたりだったやろう。けど今は違う。
叔父さんに会って重ちゃんとマツエ叔母さんがどんなに辛かったやろうと初めて心底分かったよ。それを思うと重ちゃんが可愛そうで涙が出るよ。
うちも貧乏やけどそんなに辛いとは思わんかった。そりゃあ父ちゃんがよく仕事を休んだり、母ちゃんと喧嘩するのを見るとは嫌やった。
でもうちは本当の親子やから兄弟に差別されたこともないし、父ちゃんたちが仕事に行ったら姉ちゃんを中心に力合わせて家を護ったから辛くはなかったけど、重ちゃんは働かされるばっかりでいつも独りぼっちやったとよ。
その癖、叔父さんは働かせたお金は全部取り上げてろくに重ちゃんに小遣いもやらんで我が子には服を三枚ずつ買ってやっても重ちゃんには一枚しか買ってやらんかったとよ。それでもマツエ叔母さんは何にも言えんかったと。
最後の面会日さえ誰もやらんかったやろ。あの時重ちゃんにはうちがそばについてやろうと決めたと。終戦前に帰ってきたやろ、うちも重ちゃんと一緒に中国で死ぬつもりで最後の帰国の覚悟やったとよ。」