【前回の記事を読む】事務室に続くこの廊下は"涙の溜まり場"――言葉の暴力、そして体罰…。職員からの虐待が、そこにはあった

第一章 向日葵のように太陽に向かって

一週間ほど家で過ごしたが、三月下旬に入って早々、珠輝は金倉鍼灸院に就職した。

幼い頃から施設暮らしを余儀なく強いられてきた珠輝だけに、見ず知らずの他人の家に入る定めであっても臆することはなかった。何事も先輩や金倉夫妻の言うことを素直に受け入れれば良いと判断したからだ。

ところが、いざ就職して驚いた。金倉夫妻に聞いた話と現実にかなり違いが出てきたことだ。仕事が遅くなり朝起きるのがつらいときは、ゆっくり起きて、自分で味噌汁を温めて朝食を済ませばよいと聞いていたが、現実はそうではなかった。

第一、働く時間に決まりはなく、電話が鳴れば夜中でも飛び起きなければならない。仕事で遅く帰っても朝は皆と一緒に起きて、先輩の内山京子さんと奥さんの三人で、朝食前の掃除をしなければならなかった。

掃除は夕刻も行った。食後の食器洗いは職人がやることになっていたから、京子さんと交代で行った。そんなことは大して苦にはならなかった。

もっと困ったことには、家には風呂がなく、毎日近くの銭湯に一人で行かなければならなかった。銭湯など行ったことのなかった珠輝は、わずかな持ち金からその費用をはじき出さなければならない。

それに加え、月に一度は美容室で髪の手入れをして身だしなみを整えなければならず、白衣は必ずクリーニングに出すようにと奥さんに言われた。驚いた珠輝は、

「私、そんなにお金持ってません」

逆らう気などなかったが、予想もしなかったことに戸惑いは隠せなかった。