【前回の記事を読む】「あんたの身なりは粗末すぎる。眼が見えない者は、そういうところから考えないと」――全盲の私に、住み込みの職場の家主が…

第一章 向日葵のように太陽に向かって

子どもと一緒に早めに休む奥さんが寝室から声をかけた。あっけに取られた珠輝をよそに、

「いいですよ。今日は二人でラーメン取りますから、電話貸してくださいね」と言うなり京子さんは奥さんの寝室に行き、ラーメンを二杯注文したではないか。珠輝は戸惑うばかりだった。すると京子さんが耳元に口をよせた。

「珠輝ちゃん、今日は二人とも仕事が少なかったやろ。だから夜食は食べるなということよ。驚いたやろ。こんなことはたびたびあるから覚悟しなさい。今夜のラーメンはおごってあげる。あんた仕事がなかったものね」

その夜、塩っぱいラーメンを食べ、床の中で、京子さんの情けに塩っぱい涙を流した。

珠輝は金倉夫妻の策略に引っかかったものの、次の職場を見つけてからでないと、即座に店を辞めるわけにはいかない。次の職場を探そうにも全盲の受け入れ先が少ないから苦労する。

さらに気を付けなければならないのは、転職することを経営者に悟られないことだ。もしも悟られれば、妨害される恐れがあるからだ。皆先輩京子さんの教育のお陰だ。

京子さんは少し明かりが分かる人だった。彼女が珠輝より十歳ほど年長だったことは好都合だった。

一人で銭湯に行けるようになったのは、何と言っても毎日手引きしながら白杖で場所を確認したり、銭湯の客が少ない時間を見計らい、脱衣所や湯船の位置や何かを丁寧に教えたりしてくれた彼女のお陰だ。次に近くに本屋さんがあることを教えてくれた。

夏になるとアイスクリームを売っていたから銭湯帰りに利用したものだった。それに本屋さんに公衆電話があったから、経営者に聞かれたくない話はここで話せばよい。

とはいえ、珠輝は十円玉を確保するのに苦労した。公衆電話は一回十円で使えるが、当時は電話代が高額で、話しているうちどんどん十円玉がなくなるのだ。博多から東京などかけられたものではなかった。

がんじがらめの施設での生活で、全く単独歩行できなかった珠輝の手を取り、実の姉のごとく親切に導いてくれた京子さん。さぞ神経をすり減らしたに違いない。姉のように優しかった京子さんは、珠輝が就職して一年を迎えると、結婚して店を辞めた。